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pinoさんの個展@阿佐ヶ谷OilCity

15日、阿佐ヶ谷Oilcityに、キャラクター絵描きにしてキックボクサー、pinoさんの個展を見に行ってきました。pinoさんとは七夕の猫道節で初めてお会いして仲良くなったばかりなのですが、にもかかわらずなんとなくもっと前からの知り合いだったような気がする人。

そのイラストは、かわいくてヴィヴィッドな色彩なんだけど、でもそれだけじゃなくて、きゅーっと気持ちの中に入ってくる感じ。帰り道になってもどっかに残っていて、総武線の車中で道々、思い出していました。



このネコフードシリーズがかなりお気に入り。オムニャイス、是非Oilcityで正式メニュー化して欲しい。

 

Oilcityは阿佐ヶ谷駅から徒歩一分。pinoさんのイラストは20枚ほど展示され、Tシャツ、缶バッジなどグッズもいろいろあります。七月いっぱい開催の模様なので、興味を持たれた方はお早めに行ってみませう。

来週には試合を控えているpinoさん。是非、怪我なく良い試合を!

at 21:53, 大島健夫, 見たもの

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ザ・レスラー

ミッキー・ローク主演、ダーレン・アロノフスキー監督の『ザ・レスラー』を観てきた。

ミッキー・ローク演じるランディ・”ラム”・ロビンソンは、八十年代にマディソン・スクエア・ガーデンのスーパースターだった元トップレスラーだが、今はすっかり零落し、トレーラーハウスに住み、スーパーでバイトしながらインディー団体のリングに上がっている。肉体は既に満身創痍で、耳も少し遠い。仲間のレスラーたちからはリスペクトされているが、時に家賃すら払えず、家族との関係も断絶し、年増のストリッパーに入れあげている。そして、車のルームミラーに自分のフィギュアをぶら下げ、しょっちゅう羽振りが良かった八十年代のハードロックばかり聴いている。

そんな陰をまとった、というよりも陰しかないような男を演じるミッキー・ロークのたたずまいが真に迫っていることには、ほんとうに驚かされる。しなやかさのない、大きく見せるためだけの筋肉。汚い肌。足腰に障害がある人間特有の、正中線をまっすぐ保てない歩き方。そして何よりも、若い頃の端正さが影も形もない、崩れたような顔つき。幼児性さえ垣間見える、子供のような目。それら全てが、どうしようもないほど「年老いて落ちぶれたプロレスラー」そのものなのである。少なくとも『力道山』のソル・ギョングよりは五百倍はレスラーらしい。

ランディ・”ラム”の得意技は、「ラム・ジャム」と呼ばれる、コーナーポストからのダイビング・ヘッドバットである。これがまたいい。

全身を激しくマットに打ちつけるダイビング・ヘッドバットは、仕掛ける側のダメージが大きい、ハイリスクな技だ。これを得意としていたレスラーの第一人者といえばダイナマイト・キッドだが、彼は今、車椅子の毎日である。ランディ・”ラム”は、すっかりベテランの域に達した今でも、その技をフィニッシュホールドに使い続けている。コーナーポストによろよろと上がり、ポーズを決める姿は、哀愁を帯びた匂い立つような色気に満ちている。

ミッキー・ロークといえば、まさに彼本人が八十年代のスーパースターである。だが、その後の人生はほとんど「まっさかさま」と言っていいくらいの転落に彩られていた。なぜかボクシングに転向したのかケチのつき初めで、両国国技館で変なインディアン・ボクサーと試合をし、猫パンチで勝利してテレビの前の視聴者を爆笑の渦に巻き込んだのを覚えている人は多いだろう。暴力事件も起こした。ろくな仕事をせず、弟に食わせてもらっていたともいう。そして、その弟もガンで死んでしまう。ミッキー・ロークとランディ・”ラム”は、時にまるで同一人物であるかのようである。ランディ・”ラム”は生活破綻者であり、人間関係破綻者でもある。自分でもそのことを知っている。そして悲劇的なことに、その全ての原因が自分自身にあるということにさえ気づいており、しかしそれを改善することができない。リングが全てというよりも、彼はずっとネガティブな意味で、リング以外には生きる場所のなくなってしまった、真の意味で孤独な男なのである。それを演じることのできたのは、まさしくミッキー・ローク以外にいなかっただろう。

ラストシーン近く、文字通り全てを振り捨ててマットに立つランディ・”ラム”は、試合前にマイクを手に観客にアピールする。彼は観客を家族と呼び、「俺を引退させることのできるのはここにいるおまえたちだけだ!」と叫び、観客はそれに熱狂する。その姿は感動的だが、同時にあまりにも哀しく心を打つ。そこからラストへの流れは、三沢光晴があのような死を遂げた今、様々な重みを持って私たちの胸に迫る。

at 23:18, 大島健夫, 見たもの

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